(2003/06/07掲載)

PDF版のご案内は、こちら! http://kaito.6ch.bz/kyoto2003.pdf
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ヒマラヤの話を聞いて見ませんか?
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     海外登山交流会/主催:京都府山岳連盟・海外登山委員会

どうしたら8000m峰に登れるの?まだ未踏峰はあるの?
高山病ってどうなるの?実際のヒマラヤが良くわかる絶好のチャンスです。

日時:2003年7月5日(土)午後1時〜6日(日)午後1時
場所:京都薬科大学蓬莱セミナーハウス 
開会5日午後1時/6日午前8時半
   JR湖西線蓬莱駅下車、国道161号を南に徒歩約12分
参加費:7000円(宿泊、夕朝食事、資料代含む)
    どちらか日帰りの参加は2500円になります
    宿泊の方は別途懇親会費として1500円必要になります

=======内容=======
7/5(土)           
西チベット・カキュカンリ初登頂の記録  同志社大学山岳会 和田豊司氏
ネパール・ツラギ登山隊の記録      カトマンズクラブ 中村 宏氏
ネパール・ダウラギリJ(8167m)
登頂の記録 京都岳人クラブ  山田良ニ氏
7/6(日)
中国・ダンチェツェンラ初登頂の記録
横断山脈研究会 宮川清明氏
ネパール・タルンピーク試登の記録
京都クライマーズクラブ 林 雅樹氏

ネパール・バイラブタクラ試登の記録
八日市山の会 北川 定氏 
             講師の都合上、内容を変更する場合もあります

申し込み:〒601―8047京都市南区東九条下殿田町70京都府スポーツ

センター内

     京都府山岳連盟事務所宛 Z&FAX(075)692−3490

  注意:完全予約制です。日帰り参加にも予約が必要です。

申し込み締め切り:2003年6月24日 キャンセルは2日前までに連絡下さい

― ― ― ― ― ― ―  キリトリ ― ― ― ― ― ― ― ―

              参加申込書

 氏名       住所                 Z


 宿泊(する・しない)所属(山岳会など)     Emailアドレス:


以下は過去の記事です


2003年は、英国山岳会 会長 ダグ・スコット を招聘します。
詳しくは、(社)日本山岳協会の公式ホームページhttp://www.jma-sangaku.or.jp/ )の講習会・研修会のご案内をご覧ください。---(2003/01/03)


このサイトは、2003年3月上旬頃に閉鎖を予定しています。(管理人)


「クルト・ディームベルガー講演と映画の夕べ」にご来場ありがとうございました。

前売りチケットがあります。ご入用の方は、masaharu@mutsuyoshi.net まで連絡ください。追って連絡します。

2002年国際山岳年記念事業

「クルト・ディームベルガー講演と映画の夕べ」のご案内

 2002年は国連が定めた「国際山岳年」です。この年に「海外登山技術研究会」が40回の節目を迎えるのを記念して、下記のとおり講演と映画の夕べを開催致します。ゲスト・スピーカはクルト・ディーンベルガー(オーストリア)です。ブロードピーク(1957年)とダウラギリI峰(1960年)の8,000m峰2座に初登頂した唯一生存するサミッターです。半世紀にわたる登山活動を通しての講演と山岳カメラマンとして収録した素晴らしい映像にご期待ください。

主 催:(社)日本山岳協会
日 時:2002年2月22日(金) 開場18時 開演18時30分〜21時 
会 場:ワーカーズサポートセンター大ホール(旧東京都勤労福祉会館)
    東京都中央区新富1-13-14 電話:03-3552-9131
地下鉄日比谷線・JR京葉線「八丁堀」A3出口 徒歩3分

   [会場地図 mapion へリンク]

(地図中の「労働スクエア東京」)


定 員:500名
入場料:大人 1000円、小人(高校生以下)500円
問合せ:(社)日本山岳協会事務局
    東京都渋谷区神南1-1-1 岸記念体育館内
  電話 03 - 3481 - 2396 


伝説のアルピニスト(6つの八千峰に登ったアルピニスト)

 クルトディームベルガー氏 紹介

 1957年にヘルマン・ブール他2名と共に、高所ポーター酵素補吸器の助けを借りずにブロード・ヒークを征した。

 後にこの方法は、ヒマラヤにおける「アルパインスタイル」と名付けられた。1960年には、二つ目の8,000m処女峰、ダウラギリI峰の登頂に成功した。

 世界を周り、冒険的な旅に身を捧げた18年間の休止期間の後、1978年から大地で最も高い山々に再び登り始めた。

 実際、1978年春にマカルー(8,463m)、秋にエベレスト(8,848m)と立て続けに登頂し、頂上から最初の同時音響の映画を撮影した。

 その後、ガッシヤーフルムI峰(8,035m)に登山し、再び27年ぶりにブロード・ピークに登山している。また、4作の映画が制作されているK2にはパキスタン、中国両側から繰り返し登山されており、ヒンズークシュの6,000m、7,000m峰の山々には数多く彼の初登頂者としての名前が刻まれている。

 また、彼はヒマラヤにおいて数々制作された映画について、8,000m峰の映画芸術家としても有名である。20の国際隊に参加している国際人とも云えよう。イタリアとオーストリアに住んでいるが、1年の大半は山、ジャングル、砂漠などを旅しながら過ごしている。

 イタリアのザニケツリ出版社から「山頂と仲間-0mと8,000mとの間」、「山頂と秘密」という彼が書いた2冊の本が出版されている。3冊目の「K2-夢と運命」(オリオ出版社)は彼の30年間の試みと終わりのない冒険についての物語である。K2の頂、彼の夢、そしてパートナーのジェリー・テユリスの事、ジェリーやフラン・ラウスなど4名のアルピニストが嵐の中で亡くなった悲劇などについて書かれている。この本は1989年に"ITAS LETTERATURA DI MONTAGNA”と云う最高賞を受賞している。

 ライホルト・メスナーは、彼のことを「8,000m峰登山のすべての時期を生き抜いた唯一の男であり、しかも現在なお活躍している」と語っている。それほど彼は非常に多くの変化を身をもって体験してきたのである。


チラシイメージ(PDF) [表] [裏]


終了分

2001年度・海外登山女性懇談会は、終了しました。

また、来年のお越しをお待ちしております。


このページは、日本山岳協会 海外委員会 委員 睦好正治

( masaharu@mutsuyoshi.net )が作成しました。